
エルメス バーキン完全ガイド①:なぜ世界中の女性が憧れるのか?誕生秘話と職人技の物語
なぜ、バーキンは私たちの心をこれほどまでに捉えるのか
エルメスのバーキン。その名を聞くたびに、ファッションを愛する私たちの心は特別な高揚感に包まれます。そう、バーキンは単なるハンドバッグではありません。卓越した職人技の結晶であり、揺るぎない美意識の象徴であり、そして母から娘へと、世代を超えて受け継がれるべき一つの物語なのです。世界中の人々が「いつかは・・・」と夢見るこのバッグは、もはやファッションという領域を超え、一つの文化として存在しています。
バーキンが放つ特別なオーラの源は、その多面的な魅力にあるのかもしれません。日常に優しく寄り添う機能的なパートナーでありながら、その価値が時とともに増していく、まるでアートピースのような側面も持ち合わせているのです。ただし、バーキンの本当の価値は、価格や希少性だけでは決して測れません。2023年にこの世を去ったジェーン・バーキン。彼女が生涯愛した初代バーキンが、オークションで約14億円という価格で落札されたというニュースは、私たちにその本質を教えてくれます。人々がその価格に見たのは、最高級のレザーや完璧な手仕事だけではないはず。一人の女性の人生と共に歩み、笑い、泣いた「時間」と「物語」そのものに、心を揺さぶられたのではないでしょうか。
この記事では、そんなバーキンという名の物語をお届けします。空の上での偶然の出会いから始まった奇跡の物語から、その魂を宿す多種多様な素材の世界、あなたのライフスタイルを映し出すサイズの選び方、そして賢い投資対象としての側面まで。さあ、バーキンを巡る旅へ、ご一緒に出かけましょう。
偶然の出会いが生んだ奇跡:バーキンの誕生秘話
美しい物語には、心ときめく始まりがあります。バーキンの物語が幕を開けたのは、1984年、パリからロンドンへと向かうエールフランス航空の機内でした。当時、世界的な女優であり、そして母親になったばかりだったジェーン・バーキン。彼女が偶然隣り合わせた人物こそ、エルメスの5代目会長、ジャン=ルイ・デュマだったのです。この運命の出会いが、後に世界で最も愛されるバッグを生み出すことになるとは、その時誰も想像できませんでした。
ジェーンは、いつも愛用していた籐のバスケットを頭上の荷物棚に押し込もうとしました。その瞬間、中に入れていた物が、まるで映画のワンシーンのように座席や通路に散らばってしまいます。彼女は隣の紳士(デュマ)に、こう嘆いたと言います。「見ての通りよ。母親になったばかりで、哺乳瓶から何から、たくさんの荷物を整理して入れられるような、機能的でシックなバッグがどこにもないの」と。
その言葉に、デュマは単なる一個人の悩みではなく、現代を生きる洗練された女性たちが抱える、切実な願いを見出したのです。彼はその場で、飛行機の備品であったエチケット袋の裏に、彼女の理想を形にしたバッグのデザインをスケッチした、というエピソードはあまりにも有名です。そして、「あなたのために、その夢のバッグを作り、あなたの名前を付けさせてほしい」と約束したのでした。
このデザインは、全くのゼロから生まれたわけではありません。その原型となったのは、1892年に馬の鞍を運ぶために作られたエルメス初のバッグ「オータクロア」でした。デュマは、このオータクロアが持つ堅牢で美しいフォルムを尊重しながら、より日常で使いやすいように横幅を広げ、持ち手を短く丸みを持たせ、より実用的なデザインへと昇華させたのです。こうして、ジェーン・バーキンのために作られた最初のバーキン、ボックスカーフ素材のバーキン40が誕生しました。バーキンの誕生は、トレンドを追いかけるファッション業界のデザインプロセスとは一線を画します。それは、一人の顧客の心からの声に真摯に耳を傾け、メゾンの伝統と叡智をもってその夢を叶えるという、エルメスの温かい哲学そのものを体現した、奇跡のような出来事だったのです。
アイコンの解剖学:バーキンの機能美を愛でる
バーキンの時代を超えて愛されるデザインは、一見するととてもシンプル。しかし、その一つひとつのパーツには名前と役割があり、それらが完璧なバランスで調和することで、他に類を見ないオーラを放っています。ここでは、バーキンの象徴的な構造を解剖し、そこに込められたデザインの哲学を紐解いていきましょう。
バーキンを構成する、愛すべきシグネチャー要素
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フラップ (Flap)
 バッグの開口部を優雅に覆う蓋。ハンドルが美しく収まるようにカッティングされており、開けたままでもラフに持ち運べるよう設計されているのが、バーキンらしい魅力です。
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クロア (Sangles / Straps)
 フラップを固定するための2本のレザーストラップ。バッグの口をしっかりと閉じ、あの美しいフォルムを保つ大切な役割を担っています。
 
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トゥレとプレート (Touret & Plaque)
 クロアを中央で留める回転式の金具と、それを受けるプレート。まさにバーキンの「顔」とも言える、アイコニックな部分ですね。
 
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カデナとクロシェット (Cadenas & Clochette)
 誰もが憧れる南京錠と、その鍵をそっと収める鐘の形をしたレザーケース。エルメスのエスプリを感じさせるモチーフであり、セキュリティと装飾という二つの役割を兼ね備えています。
 
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底鋲 (Pieds de Sac)
 バッグの底面を汚れや傷から守ってくれる、4つの小さな守護神。バッグを置いた際の安定性も高めてくれる、心憎い配慮です。
デザイン哲学の対比:バーキンとケリー、あなたはどちらに心惹かれる?
バーキンのデザイン哲学をより深く理解するために、エルメスのもう一つのアイコン「ケリー」と比べてみるのは、とても興味深いことです。この二つのバッグは、まるでエルメスが描く二人の異なる女性像、二つの異なるライフスタイルを物語っているかのようです。
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設計思想とハンドル
 バーキンが生まれた背景には、「たくさんの荷物を美しく運びたい」という願いがありました。その想いを支えるためのダブルハンドルはバッグ本体にしっかりと取り付けられ、フラップを開けたままでも気軽に物を出し入れできます。一方、ケリーは「完璧なエレガンスとフォーマルな美しさ」を追求したデザイン。優雅に持つためのシングルハンドルはフラップの上部に付けられているため、使う時は必ずフラップを閉じるのがお約束です。
 
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汎用性とショルダーストラップ
 ケリーにはショルダーストラップが付属し、ハンドバッグとショルダーバッグの2wayで楽しめるのが魅力です。対照的に、バーキンにはショルダーストラップは付属しません。これは、腕にかけて颯爽と、そして少しカジュアルに持つことを想定した、バーキンならではの潔い哲学の表れと言えるでしょう。
 
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縫製とフォルム
 ケリーには、縫い目が外側に見えることで端正で構築的な印象を与える「外縫い(セリエ)」と、内側で縫い合わせることで柔らかくフェミニンな印象になる「内縫い(ルテュルネ)」の2種類が存在します。バーキンは伝統的に内縫いのみでしたが、2020年頃からよりかっちりとした外縫いの「バーキン・セリエ」も登場し、私たちの選択の幅を広げてくれました。
これらの違いは、それぞれのバッグのミューズとなった女性の生き方を映し出しているようで、とてもロマンティックですよね。モナコ公妃グレース・ケリーの名を冠するケリーは、公の場での気品と完璧なエレガンスを。一方で、自由な精神を持つアーティストであり母であったジェーン・バーキンの名を冠するバーキンは、現代的で実用性を備えた、気取らないラグジュアリーを。どちらのバッグを選ぶかということは、あなたがどのような価値観を大切にし、どのような毎日を送りたいかを表現する、素敵な自己表現なのかもしれません。
職人の手から生まれる芸術品:サヴォアフェールの真髄に触れる
バーキンがなぜこれほどまでに高価で、私たちの心を惹きつけてやまないのでしょうか。その答えは、エルメスが1837年の創業以来、頑なに守り続けてきた「サヴォアフェール(Savoir-faire)」、すなわち卓越した職人の知恵と哲学にあります。そう、バーキンは工場で作られる工業製品ではなく、一人の人間の手によって、まるで命を吹き込まれるようにして生まれる芸術品なのです。
その哲学を最も象徴するのが、「一人の職人が、一つのバッグを、最初から最後まで」手掛けるという、他に類を見ない生産体制です。革の裁断から縫製、仕上げに至るまで、約20時間にも及ぶすべての工程を一人の職人が責任を持って担当します。これにより、バッグには作り手の誇りと温もりが宿り、一つとして同じものはない、世界でたった一つの作品が生まれるのです。効率性を追い求める現代社会に対する、なんと力強く美しいアンサーでしょうか。
バーキンの美しさと、何十年も使えるほどの堅牢性を支えるもう一つの柱が、馬具製作の技術から受け継がれた手縫いの技法「クウジュ・セリエ(サドルステッチ)」です。蜜蝋を染み込ませた丈夫な麻糸の両端に針をつけ、一つの縫い穴に対して両側から交差させるように縫い進めるこの技法は、たとえ片方の糸が切れても、もう片方がしっかりと留まり、決してほつれることがありません。機械では絶対に再現できない、この力強くも美しいステッチは、真のエルメス製品であることの静かな誇りの証なのです。
エルメスにとって、職人技は単なる技術ではありません。それは、未来へと大切に継承すべき文化そのものです。メゾンは独自の職人育成学校「エコール・エルメス・デ・サヴォアフェール」を設立し、未経験者であっても一人前の職人へと育てるための、長期的な投資を惜しみません。「美しいオブジェは、美しい環境から生まれる」という哲学のもと、アトリエは常に働く人々が心地よいと感じるヒューマンスケールで、自然と調調和するように設計されています。バーキンの価格には、最高級の素材の価値だけでなく、このかけがえのない人間の技術と、それを育むための時間と哲学のすべてが、込められているのです。
バーキンがなぜこれほどまでに特別なのか、その物語に触れていただけたでしょうか。
次回は、いよいよバーキン選びの核心に迫ります。無数にある選択肢の中から、あなたのライフスタイルに寄り添う完璧な一点を見つけるための『素材・サイズ・カラー完全ガイド』をお届けします。どうぞお楽しみに!
 
    

