
馬毛・豚毛・山羊毛。何が違う?カビを防ぎツヤを宿す「ブラシ選び」の正解
お気に入りの革のバッグや財布。
「長く大切に使い続けたい」と思ったとき、まず手に入れるべき道具は、実は高価なクリームではなく、一本のブラシです。
しかし、お店に行けば「馬毛・豚毛・山羊毛」と素材の異なるブラシが並び、どれを選べばいいのか迷ってしまうはず。「とりあえず1本あればいいだろう」と適当に選んでしまうのは、実はとても危険なことです。
革ブラシ選びは、好みではなく「目的」で決まります。
例えば、汚れ落としのつもりが、用途の違う硬いブラシを使ってしまえば革を傷つける原因になります。逆に、ツヤ出し用のブラシを掃除に使い回せば、カビの原因を塗り広げることになりかねません。
今回は、革を一生モノにするための「ブラシ選びの正解」と、初心者がまず手にするべき「最初の一本」について紐解いていきましょう。
1. 革ケアの基本:お手入れは「まず、お掃除」から
革のケアと聞くと、「クリームを塗ってツヤを出すこと」を真っ先に思い浮かべるかもしれません。でも、実はそれよりもずっと大切で、欠かせない作業があります。それが、ブラシでホコリを払うことです。
一見きれいに見えるバッグや財布も、一日の終わりには目に見えない微細なホコリや手垢がついています。これらは放っておくと革の水分を奪ったり、湿気を吸い込んでカビを招く原因になったりします。
(※あわせて読みたい:【たまたまカビた】は間違い!愛する革製品をカビから守る『3つの習慣』と保管術)
せっかく良いクリームを使っても、汚れが残ったままでは栄養がうまく浸透せず、逆に汚れを革の奥へ閉じ込めてしまうことにもなりかねません。まずは、布では届かないシワや縫い目の汚れをブラシでしっかり掃き出して、革を「すっぴん」の状態に戻してあげる。
この、なんてことのない「まず、お掃除」の習慣こそが、革を長持ちさせるためのいちばんの近道なのです。
2. 三種の毛質:それぞれの特性と、部位による性格の違い
革ブラシには、その構造に基づいた明確な「仕事」があります。
さらに同じ動物の毛でも、部位や色によってその性格は驚くほど変わります。
【馬毛】汚れを「掻き出す」掃除の要
適度な太さと、しなやかな「戻りの良さ(コシ)」を併せ持っているのが馬毛です。
最大の役割は、革のシワや縫い目の奥まで毛先を届かせ、汚れを弾き飛ばすこと。
尾毛(びもう): 靴用ブラシの主流。非常に力強い反発力が特徴で、泥汚れなどが付着しやすい「靴」のケアに向いています。
たてがみ: 尾毛に比べて毛先が細く、しなやかな柔軟性を持っています。革の表面を優しくなでるようなタッチでありながら、微細なホコリまで確実に掃き出すことができます。デリケートなバッグや、手垢が残りやすい財布の掃除には、この「たてがみ」が理想的です。
【豚毛】栄養を「補給する」ためのブラシ
3種類の中で最も硬く、太い繊維を持つのが豚毛です。
クリームを革の繊維の奥まで届ける「強い反発力」が持ち味です。
白豚毛: 毛が白いため、「ブラシの先に何色のクリームがついているか」がひと目でわかります。革の色に合わせてクリームを使い分ける場合、ブラシの取り違え(茶色のバッグに黒いクリームがついたブラシを使ってしまう等)を防げるのがメリットです。
黒豚毛: 白豚よりもさらに毛質が太く、コシが強い傾向にあります。厚みのあるタフな革の奥まで、力強くクリームを広げたいときに適しています。
【山羊毛】光を「整える」ためのブラシ
究極の細さと柔らかさを持つ山羊毛は、最後の仕上げを担います。
胴毛(どうげ): 仕上げに最も一般的に使われます。クリームを塗った後の表面を優しくなでるように整えるのが得意です。
胸毛(むなげ): 数ある獣毛の中でも最高級とされる繊細さを持っています。撫でるだけで表面が整い、品のあるツヤが生まれます。とてもデリケートなラムスキン(子羊革)などのケアにも重宝されます。
3. ケアのリレー:失敗しない「使い分けと順序」
これら3つのブラシを正しい順序で使うことで、ケアの効果は最大化されます。それぞれの役割をリレーのように繋ぐイメージです。
| 工程 | 使用するブラシ | 役割とメリット |
|---|---|---|
| STEP 1:掃き出す | 馬毛(たてがみ) | 【掃除】カビ、ホコリを物理的にリセットする。すべてのケアの土台。 |
| STEP 2:塗り込む | 豚毛 | 【補給】栄養を深部まで届け、表面に酸化した油分を残さない。 |
| STEP 3:整える | 山羊毛 | 【仕上げ】光を一定に整え、革本来のツヤを引き出す。 |
4. 最初の一歩:初心者がまず「馬毛ブラシ」から揃えるのがおすすめな理由
「結局、どれから買えばいいの?」と迷ったら、まずは「馬毛ブラシ」をおすすめします。
理由はシンプルです。
クリームを塗る作業(豚毛)や、ツヤを出す作業(山羊毛)は、革の乾燥が気になった時などに行う「スペシャルケア」です。
しかし、馬毛によるホコリ落としは「おうちに帰った時の習慣にしたいデイリーケア」だからです。
カビを防ぎ、革の状態を良く保つためのブラッシングは、まずは馬毛ブラシが1本あれば始められます。新しく革製品を使い始めるなら、まずは汚れを溜めないための専用ブラシを側に置いてみてください。
5. 注意喚起:1本のブラシを「何にでも」使い回してはいけない理由
ここで一つ、実用的な注意点があります。それは、「ホコリを落とすブラシ」と「クリームを伸ばすブラシ」を混同しないということです。
油分を含んだブラシは「掃除」に向かない
ブラシに一度クリーム(油分)が付着すると、その毛先はホコリを吸い寄せ、抱え込んでしまう性質に変わります。そんな「油分とホコリが混じったブラシ」で掃除をしようとすれば、本来なら弾き出すべき汚れを、古い油分と一緒に革の表面やシワの奥へこすりつけてしまうことになります。
これでは汚れを落としているつもりが、逆にカビの胞子やエサを定着させる手伝いをしているようなものです。
ブラシの「役割」が混ざるリスク
プロの現場でブラシが厳格に使い分けられるのは、「ドライな状態(外に出す力)」と「ウェットな状態(中に入れる力)」を混ぜてはいけないからです。
掃除用: 常にドライで、汚れを外へ「出す」役割。
クリーム用: 毛先に油分を蓄え、栄養を内へ「入れる」役割。
「出す」ための道具に「入れる」ための油分が混ざってしまうと、その瞬間にブラシは本来の掃除道具としての機能を失ってしまいます。
1本のブラシを便利に使い回すことが、結果としてカビを招く原因になってしまう。
これが、用途に合わせてブラシを完全に分けるべき、最も大きな理由です。
6. 道具選びの基準:日常に馴染む、自分に合った一本を
お手入れを無理なく続けるためには、手に取るたびに心地よい使い勝手や、自分に合ったものを選ぶことも大切です。
例えば、バッグや財布などの小物をメインにケアするなら、大きすぎるブラシよりも、小回りが利いて細部まで毛先が届くサイズの方が使い勝手が良くなります。
また、デリケートな革を扱うなら、馬毛の中でもより毛先が細い「たてがみ」のような素材を選ぶと、革を傷つける心配も少なくなります。
掃除の「馬」、補給の「豚」、仕上げの「山羊」。
それぞれの個性を知った上で、まずは基本の「馬」から。
お手入れを「やらなきゃいけない作業」としてではなく、お気に入りの道具を愛でる時間として、楽しんでみてはいかがでしょうか。

